小豆島。

棟近です。

26歳になりました。

25歳は沢山25歳をできたかな?

あっという間に過ぎ去った25歳。

どんどん加速していくんだろーな。

少しずつ実をつけて美味しい大人になりたいですね。

小豆島へ行ってきました。

輪島から片道11時間ほど。

目的は小豆島にあるヤマロク醤油さんでの活動、木桶職人復活プロジェクトへの参加。

社長と2人で行ってきました。

他の蔵の方々とプロジェクトを通じての交流はこれが初めて。

僕が当たり前のように仕込みを一緒にさせていただいている木桶を使った本醸造。

僕にとっては当たり前のスタートラインだったけど、実はこの環境は当たり前では無いのでした。

日本で生産されているお醤油のうち、木桶仕込みの割合ってどのくらいだと思いますか?

1%。

そう、1%なんです。

生産量全体の1%と言っても、母数がかなり大きいので、日本各地で木桶仕込みを行なっている蔵はぼちぼちあります。

木桶って、寿命があるんです。

だいたい、100~150年ほど。

今ある桶は殆どが戦後に生産されたものたち。

だから、だいたい75.6歳とかになるのかな?

まだ大丈夫じゃん。

って思いますよね。

大丈夫じゃないんです。

近代化に伴い、醤油業界も色々な設備が便利になり木桶に代わるコンクリート桶や、FRPタンク。

衛生管理も楽になって、大きい醸造タンクでは大量生産も可能になって。

木桶の需要が段々と減ってきました。

そーなると…

桶屋に発注が来なくなるんです。

大桶を作るための職人道具も要らなくなる。

そーなると…

大桶作れなくなりますよね。職人さんもどんどんいなくなり。

実際大桶を作れる職人さんは大阪の桶屋一件になってました。

便利な世の中に浸り楽しいことを沢山してきた裏側で大事なものが消えかかってました。

僕らはまだ木桶が使えるけど…

50年後、次の世代が醤油や味噌づくりと向き合った時そこには木桶が無いかもしれない。

日本人にとって大事な食卓の風景を支えてきたものが無くなってしまうんです。

そんなの嫌ですよね。

小豆島のヤマロク醤油さんが木桶文化を次の世代に残す為に立ち上げたプロジェクト。

醸造業界の人が多かったけど、様々な業界の方が訪れて皆で木桶を作りに参加されてました。

分からないことが多いながら作業に参加させていただいて。

竹の輪、箍(たが)の編み方を教わり。

職人さんはスイスイと。

これが難しい。キレイに編めないし、竹がしなるので思ったように編めない。

この箍って凄いんですよ。

しっかり編むと、鉄より断然強度が強い。

先人の知恵の宝です。

この箍には真竹を使います。

真っ直ぐ伸びたキレイな真竹。

今では孟宗竹の方が繁殖も強く、真竹を取るのもなかなか難しいとのこと。

色んな部分に色々と考えさせられます。

自分が今いる環境って恵まれてるんですね。

でも、その環境は50年後どーなってるんだろう。

先のことを考えて、木桶とより長くいっしょにいられるようにやれる事は沢山あると思います。

そのやれる事を考えて木桶と寄り添っていきたいと思いました。

プロジェクトを通して出会う事が出来た方々も刺激をいただける方ばかりで。

来年また来た時には今より知識をつけて色んな角度から物事を見られるように。

能登に帰ると家が断水してました。

寒波の影響で。

蛇口からはつららが出てるし、1週間?くらい水道なしの生活。

かなり、精神的にやられましたけど

同じ町のじーちゃんばーちゃん達はへっちゃらな人も。

昔は山水や井戸水だったからねー

今も水は山水だから問題ないよ。

便利な世の中。

蛇口をひねれば水が出るのが当たり前。

でも、その当たり前が当たり前じゃなかったんですよねー

当たり前だと思ってるこの環境が恵まれていた。

弱いなー。

僕が住んでる町も過疎集落です。

僕の世代はほとんど出ていってますね。

中学校も過疎かに伴い閉校。

山に入る人も減ったし。

木桶文化の裏にあった里山文化。

色々考えさせられます。

当たり前のようにyoutubeを使ってますけど

これも昔は無かった。

1978年 joe sample

https://youtu.be/QTyVpHqart4

70年代良いですね。

このゆったりがたまらんです。

また大雪ですね。

家の前はもうね…

昔はもっと降ってたってね。

強くなろう笑

棟近でした。

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